【連載・第8回】「AI時代、日本製造業は何者になるのか―供給能力の知能化時代、日本企業への三つの提言―」

2026.07.17
  • コンサルティング
  • 製造業
  • ものづくり


執筆者 伊藤 尚志 執行役員 PLACE Div.担当
慶應義塾大学経済学部卒。アクセンチュア、デロイトトーマツコンサルティングを経て、2023年6月より株式会社オーツー・パートナーズに参画。

Podcast『製造業進化論-技術とデジタルと経営と-』

オーツー・パートナーズ制作Podcast番組『製造業進化論-技術とデジタルと経営と-』にて、本コラムを執筆した伊藤尚志が『“作るだけでは儲からない時代”、製造業はどう戦うか?』をテーマにトーク。MCは当社取締役の勝見靖英が務めます。

第8回「AI時代、日本製造業は何者になるのか―供給能力の知能化時代、日本企業への三つの提言―」

本連載では、中国製造業やAIの最新動向を題材に、製造業を取り巻く競争環境の変化を考察してきた。

第1回では、当方の違和感を起点に日本製造業の長期パフォーマンスを観察した。
第2回では、中国が巨大な供給能力を構築している現実を整理した。
第3回では、中国は製造業におけるAI・デジタル活用が進み、先進工場の集積地になっている姿をみた。
第4回では、巨大供給力×デジタル・AIという構造の重なりにより供給システムそのものが複製されるという仮説を提示した。
第5回では、第4回仮説が現実にどこまで出現しているかを調査し、美的を取り上げ、供給能力が知識化され、継続的に学習する対象へ変わりつつある姿を確認した。
第6回では、知能搭載型供給システムの出現とその成立三条件を論じた。
第7回では、世界の先進企業を俯瞰しながら、顧客が実現したい未来を起点に、自社の立ち位置と供給能力を設計する企業ほど、高い競争力を維持していることを整理した。

最終回では、ここまでの議論を一度俯瞰し、日本製造業への示唆を考えてみたい。


供給システムは巨大な学習装置になる

本連載を通じて最も大きな変化として見えてきたのは、供給システムそのものが学習対象へ変わりつつあることである。

ここでいう供給システムとは、工場設備、設計、生産技術、調達、品質、人材、デジタルなど顧客価値を実現するための企業能力全体である。

これまでは、それらは人の経験や部門ごとの知識として蓄積されることが多かった。設計は設計部門、生産は工場、品質は品質保証部門、それぞれが改善を積み重ねてきた。そこには確かな強さがあった一方で、人や組織ごとの分断もあった。

しかしAIやデジタル技術の進化によって、それらを一つの知識体系として結び付け、継続的に学習し、再構成できる可能性が見え始めている。

美的のFactory Brainが示したものは、単に工場を自動化することではない。供給能力そのものを巨大な学習装置へ変えるという発想である。

この流れは今後さらに加速していくだろう。なぜなら、それは資本主義の競争原理に極めて忠実な動きだからである。より大きな供給能力を持ち、より多く学習し、より効率を高め、より低コストで供給する。AIはその速度を飛躍的に高める。

美的のような企業は、この変化を先行して具体化している。巨大な供給能力を持ち、それを学習環境として活用し、供給システム自体も進化させようとしている。

その結果、供給能力のボトルネックや参入障壁は下がっていく。高品質、短納期、低コストといった要素は、これまで以上に価格競争へ回収されやすくなる。つまり、供給システムそのものがコモディティ化していく可能性がある。

これは日本企業だけに向けられた脅威ではない。供給システムが知能化し、学習され、複製されやすくなるなら、今日の先行企業も追われる立場になる。中国企業とても例外ではない。

だから、この変化は中国対日本という単純な構図では捉えられない。製造業全体の競争条件が変わりつつある。

価格だけでは評価されない存在になる

一方で、世界には高い成長と高い利益率を同時に実現している企業が存在する。

日本企業や台湾企業の決算を見ても、売上が二桁成長し、利益も二桁水準の企業がある。そうした企業は供給能力を軽視しているわけではない。むしろ、供給能力は極めて高い。

しかし、それだけでは高い収益性は説明できない。

彼らは、顧客が実現したい未来にとって不可欠な存在になっている。

John Deereは、単に農機を販売している企業ではない。農業の生産性向上を支える存在である。Kaeserも、単にコンプレッサーを販売しているのではなく、工場の安定稼働という成果を提供している。KEYENCEも、センサーそのものではなく、顧客現場の潜在課題の解決を競争力としてきた。

彼らも供給能力を磨き続けている。とはいえ、利益の源泉は供給能力だけではない。

顧客が実現したい未来に不可欠な存在となることで、価格だけでは評価されない競争力を築いている。

供給能力の知能化が進むほど、供給能力だけでは競争優位を維持しにくくなる。だからこそ、顧客にとって「価格比較の対象」ではなく、「実現したい未来に不可欠な存在」になることが、これまで以上に重要になるのではないか。

日本企業への三つの提言

ここまでの議論を踏まえると、日本企業への示唆は三つに整理できる。


第一に、顧客が実現したい未来を定義し続けることである。

AIによって供給能力が高度化するほど、顧客にとって何を実現する企業なのかという問いは重要になる。製品を売る会社なのか。機能を提供する会社なのか。顧客の成果を実現する会社なのか。

「顧客が実現したい未来に対して、自社は何者か。」

この問いが経営の出発点になる。


第二に、供給能力全体を企業最大の学習対象とすることである。

供給能力とは、工場、設備、設計、生産技術、生産、品質、人材、デジタルなど、企業の実現能力全体である。

現在のAIブームは、個別業務の効率化に留まるものも少なくない。しかし、本質はAIツールを導入することではない。供給能力そのものを、継続的に知識化し、学習し、再構成できる状態に変えることである。
特に日本企業はベテランの大量退職を迎えているため、会社の競争力を支えてきた能力を次代に継承するという意味もある。

第三に、複製されにくい企業固有資産を磨くことである。

顧客との信頼。改善文化。設計思想。ブランド。業界理解。現場で培われた知恵。

こうした資産は、短期間では形成できない。設備投資やAI導入だけで獲得できるものでもない。だからこそ、供給能力の知能化が進む時代ほど、相対的な価値を高める可能性がある。

日本企業には、長年の競争の中で築いてきた資産が数多く存在する。しかし、それを自社の競争力として十分に言語化し、再定義できている企業は必ずしも多くない。

自社が既に持っているものに、改めて目を向ける必要がある。


三つは一体である

この三つは、どれか一つだけ実践すればよいものではない。

顧客価値だけを語っても、供給能力が伴わなければ実現できない。供給能力だけを学習しても、価格競争から抜け出すことは難しい。企業固有資産だけを守ろうとしても、市場環境の変化には対応できない。

三つは互いに補完し合う。

顧客価値は、どこで戦うかを決める。供給能力の学習は、どう実現するかを支える。企業固有資産は、なぜ自社が選ばれるのかを形づくる。

そして、この三つを実現するには、一部門の改革では足りない。

営業だけでも、工場だけでも、IT部門だけでも実現できない。会社全体を一つの方向へ動かしていく経営そのものが問われる。


おわりに

本連載では、エネルギー価格や地政学、金融・決済インフラといった外部環境ではなく、企業が自ら設計し得る競争力の変化に焦点を当ててきた。

もちろん、製造業の競争力は、それら外部条件の影響も大きく受ける。しかし本稿で問い続けたのは、そのような環境変化の中でも、企業自身が自己決定しうる供給能力のあり方であり、自社の戦略である。

供給システムの知能化は、今後も進むだろう。それは中国企業だけの話ではない。先進国企業全体に共通する問いであり、やがて中国企業自身にも跳ね返ってくる問いである。

未来はまだ決まっていない。

とはいえ、過去に戻ることもない。

だからこそ、日本企業に必要なのは、過度な悲観でも、根拠なき楽観でもない。

健全な危機感を持ちながら、自社が既に持っている資産に気づくことである。

AIは強力なドライバーである。もっとも、それだけでは目的を達成しない。

主役は、顧客が実現したい未来に対して、自社は何者であるかを問い続け、その問いを会社全体で実現していく経営そのものである。

AI時代、日本製造業は何者になるのか。

その答えは、技術ではなく、自社が顧客とともに実現したい未来の中にある。

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