【連載・第7回】「なぜ頑張っているのに儲からないのか(後編)〜供給能力の先にある競争〜」

2026.07.10
  • コンサルティング
  • 製造業
  • ものづくり


執筆者 伊藤 尚志 執行役員 PLACE Div.担当
慶應義塾大学経済学部卒。アクセンチュア、デロイトトーマツコンサルティングを経て、2023年6月より株式会社オーツー・パートナーズに参画。

Podcast『製造業進化論-技術とデジタルと経営と-』

オーツー・パートナーズ制作Podcast番組『製造業進化論-技術とデジタルと経営と-』にて、本コラムを執筆した伊藤尚志が『“作るだけでは儲からない時代”、製造業はどう戦うか?』をテーマにトーク。MCは当社取締役の勝見靖英が務めます。

第7回「なぜ頑張っているのに儲からないのか(後編)〜供給能力の先にある競争〜」

はじめに

前回、本連載では「知能搭載型供給システム」という考え方を提示した。企業活動全体を学習環境とし、知識を構造化し、AIを活用して供給能力そのものを継続的に進化させる仕組みである。

日本企業にも、設計資産、品質改善の履歴、保守ノウハウ、現場改善の知見など、長年蓄積してきた膨大な知識資産が存在する。それらを企業全体の学習環境として活用できれば、日本企業の供給能力はさらに進化する可能性がある。

しかし、ここで一つのパラドックスが生まれる。

供給能力は知識化されるほど強くなる。

一方で、知識化されるほど学習されやすくなり、複製されやすくもなる。

AIは技能伝承を速める。

改善サイクルも加速する。

もっとも、その恩恵を受けるのは自社だけではない。

競争相手もまた、同じように供給能力を学習し、進化させていく。

つまり、供給能力を磨くことは依然として重要である一方で、供給能力だけでは競争優位を維持しにくくなるという構造が見えてきたのである。

では、そのような時代に企業は何によって選ばれるのだろうか。

この問いを考えるため、本稿では世界の先進企業を改めて観察してみたい。

価格競争から抜け出している企業は、何を競争しているのか。

その姿を追っていくと、製造業の競争そのものが、「何をつくるか」から、「顧客が実現したいことを、いかに実現するか」へ移り始めているように見えてくる。


世界企業を観察すると、価格競争から抜ける方法は一つではなかった

供給能力だけでは競争優位を維持しにくくなるとすれば、世界の先進企業は何を競争しているのだろうか。

この問いを考えるため、半導体、産業機械、農業機械、ファクトリーオートメーションなど異なる業界の代表的な企業を調査した。

もちろん、本稿で取り上げる企業だけで世界の競争戦略を網羅できるわけではない。

また、一つの企業が複数の特徴を併せ持つ場合も少なくない。

以下は、今回の観察結果をもとに、価格競争から抜ける代表的な方向性として筆者が整理したものである。
図表1

価格競争から抜ける代表的な戦略類型(筆者整理)

※本分類は筆者が世界企業の観察をもとに整理した分析フレームワークである。


TSMCは最先端半導体の共同開発能力を磨き、一気に量産を実現している。
NVIDIAはAI開発を圧倒的に容易にする共通基盤を提供している。

ARMは世界中の半導体企業がイノベーションに集中できる設計基盤を提供している。

Keyenceは顧客の潜在ニーズを発見し、実現している。

John Deereは農業経営そのものを高度化している。
Kaeserは「止まらない工場」という成果を提供している。

TOMRAは循環型社会を支えるシステム全体を提供している。

一見すると、それぞれ全く異なる戦略であり、価格競争から抜ける方法も企業ごとに異なるように見える。

しかし、これらの企業をさらに詳しく観察すると、一つの興味深い共通点が浮かび上がってくる。

彼らは優れた製品を売ろうとしているのではない。

顧客が本当に実現したいことを起点に、自社供給能力そのものを設計しているのである。

では、彼らは顧客が実現したいことを、どのように解釈し、その実現のために供給能力を設計しているのだろうか。


顧客が実現したいことを、どう実現するか

世界の先進企業を観察すると、顧客が実現したいことそのものは大きく変わるわけではない。しかし、それをどのように実現するかという考え方は企業ごとに大きく異なる。

本稿では、この企業固有の「実現の考え方」を、企業独自の解釈と呼ぶことにしたい。

図表2

世界の先進企業は、顧客が実現したいことを独自に解釈(実現の考え方)し、供給能力を設計している(筆者整理)

図表2を見ると、まず気付くのは、どの企業も製品そのものを起点に競争していないことである。

例えばTSMCである。TSMCが向き合っているのは半導体そのものではない。

顧客企業が革新的な製品やサービスを世界に先駆けて実現することである。

そのために、最先端プロセス技術、共同開発体制、世界最高水準の量産能力を構築している。

Keyenceも同様である。

顧客が求めているのはセンサーではない。

潜在的な現場課題を発見し、生産性や品質、安全性を飛躍的に向上させることである。

だから同社は商品だけではなく、提案営業、即納体制、技術サポートまで含めて供給能力を設計している。

Kaeserも、コンプレッサーを販売しているように見える。

しかし顧客が本当に実現したいことは、圧縮空気を安心して使い続け、工場を止めることなく操業し続けることである。

そのためIoTによる監視、予防保全、サービス契約などを組み合わせ、「止まらない工場」を実現している。


NVIDIA、ARM、John Deere、TOMRAも本質は同じである。

業界は異なるが、いずれも顧客が実現したいことを独自に解釈し、その実現に必要な供給能力を構築している。

ここで興味深いのは、供給能力そのものが競争優位なのではないという点である。

供給能力は、企業独自の解釈、即ち「実現の考え方」が具体化された結果なのである。


供給能力を競う時代から、顧客の実現したい未来への実現方法を競う時代へ

ここまでの議論を整理すると、製造業の競争構造そのものが変化しつつある。

これまでは、より優れた設備、より優れたQCDを実現することが競争力だった。

しかしAIによって供給能力の知識化と再構成が進むほど、供給能力そのものは複製されやすくなる。

従って、競争優位の源泉は、供給能力そのものから、その供給能力を設計する「企業独自の解釈と実現の仕方」へ移り始めているのではないだろうか。

顧客が実現したいことを深く理解する。

それを自社らしい方法で解釈する。

その解釈に基づいて供給能力を設計し、継続的に進化させる。

これが価格競争から抜け出している企業に共通する姿であるといえる。


供給能力と顧客を往復する高速学習ループ(仮説)

さらに世界企業を観察すると、もう一つ興味深い共通点が見えてくる。

彼らは一度供給能力を構築して終わるのではない。

顧客から学び、

企業独自の解釈を磨き、

供給能力を再構成し、

再び顧客から学ぶ。

この循環を繰り返しているのである。

TSMCは顧客の技術ロードマップから学び続ける。

Keyenceは現場から新たな改善機会を発見し続ける。

John Deereは農業データから新しいサービスを生み出している。

第六回で整理したLearning Environment、Knowledge Framework、Knowledge Engineは、この循環を企業全体で高速に回すための基盤として位置付けることもできる。

これはまだ筆者の仮説である。

しかしAIは供給能力だけを進化させる技術ではない。

顧客理解、企業独自の解釈、供給能力の再構成まで含めた学習サイクル全体を飛躍的に高速化する技術なのではないだろうか。


日本企業への示唆

本連載は、「なぜ頑張っているのに儲からないのか」という問いから始まった。

ここまでの考察を踏まえると、その答えが少し見えてくる。

日本企業は供給能力が弱いわけではない。

品質も、改善力も、現場力も世界トップクラスである。

しかし供給能力を磨くことに力を注ぐ一方で、その前提となる「何を実現する会社なのか」という議論が相対的に弱くなってきたのではないだろうか。

供給能力は競争優位ではない。

企業独自の解釈(実現の考え方)が供給能力を設計し、その供給能力が顧客の実現したいことを形にする。

AI時代に問われるのは、供給能力そのものではなく、何を実現するためにその供給能力を設計するのかという問いなのである。


おわりに

世界の先進企業を観察すると、彼らは製品を競っているのではない。

顧客が実現したい未来を理解し、その未来を実現するために供給能力を学習し、再構成し続けている。

AIは、その学習速度を飛躍的に高める。

もしそうだとすれば、AI時代の競争とは、優れた製品をつくる競争ではない。

顧客が実現したい未来を、誰よりも早く、確実に実現する競争なのである。

では、その未来とは誰が決めるのか。

企業は、何を実現するために存在するのか。

次回は、その問いを「意味」という視点から掘り下げる。

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