【連載・第4回】「巨大供給力 × AI・デジタルがもたらすもの― 供給システムもコモディティ化する(統合仮説)」

2026.06.19
  • コンサルティング
  • 製造業
  • ものづくり

執筆者 伊藤 尚志 執行役員 PLACE Div.担当
慶應義塾大学経済学部卒。アクセンチュア、デロイトトーマツコンサルティングを経て、2023年6月より株式会社オーツー・パートナーズに参画。

Podcast『製造業進化論-技術とデジタルと経営と-』

オーツー・パートナーズ制作Podcast番組『製造業進化論-技術とデジタルと経営と-』にて、本コラムを執筆した伊藤尚志が『“作るだけでは儲からない時代”、製造業はどう戦うか?』をテーマにトーク。MCは当社取締役の勝見靖英が務めます。

第4回「巨大供給力 × AI・デジタルがもたらすもの― 供給システムもコモディティ化する(統合仮説)」

前回まで、中国製造業の供給能力とAI活用について見てきた。

第2回では、中国が幅広い産業で世界最大級の供給能力を持つことを確認した。鉄鋼、工作機械、電池、EV、太陽光発電――中国は多くの分野で巨大な生産能力を保有している。

第3回では、中国製造業がAIやデジタル技術を活用し、生産性向上を進めていることを見た。品質検査、設備保全、生産計画、物流最適化、設計支援。AIやデジタル技術は、製造業のさまざまなボトルネックを解消し始めている。

一見すると、この二つは別々のテーマに見える。しかし本連載では、両者を一つの現象として捉えている。共通しているのは、どちらも供給能力を拡大する方向に働いていることだ。

第2回で見た中国の巨大供給力。第3回で見たAI・デジタル活用。すなわち、中国では「業界最大級の供給能力 × AI・デジタル活用」という組み合わせを持つ企業が、幅広い産業で生まれていると考えられる。

そして筆者は、ここでさらに重要な変化が起きていると見ている。供給能力そのものが、以前よりも複製・再編成されやすくなっていくのではないか、ということである。

従来は、供給能力を構築し維持改善すること自体が競争力の源泉だった。もちろん、供給能力を高める努力そのものが間違っていたわけではない。

生産能力を増やす、歩留まりを改善する、コストを下げる、納期を短縮する。

こうした取り組みは、長らく製造業の競争力そのものだった。改善活動も、自動化も、標準化も正しかった。むしろそうした努力の積み重ねが、日本を含む製造業各国の競争力を支えてきた。

だが、その前提が変わり始めている。

供給能力が増えるとき、増えるのは生産量だけではない。試行錯誤も増える。不良も増える。改善も増える。失敗も成功も増える。供給能力が大きくなるということは、生産量だけでなく、学習機会そのものが増えるということでもある。

つまり、巨大な供給能力は、巨大な学習環境でもある。

従来、こうした学習成果の多くは、ベテランの頭の中や現場の暗黙知として蓄積されていた。いまや経験はデータや文書・動画としてシステムに記録され、AIによって分析・再利用が可能になる。経験は徐々にナレッジへと変換されつつある。

ここまでの流れを整理すると、本稿の仮説は次のように表現できる。

図注:巨大な供給能力は、試行錯誤の総量を拡大させる。その蓄積はAI・デジタル技術によって知識化され、再利用され、供給能力をさらに強化する方向に作用する。

つまり、供給能力の大きさそのものだけではなく、供給能力を自己強化する学習構造が生まれている点にある。

重要なのは、この循環が一度回り始めると、供給能力が次の供給能力を生む構造になることである。

要するに、中国で起きているのは、単なる生産能力の拡大ではなく、供給能力を自己強化する学習構造の形成である。供給能力を生み出す知識そのものが、継続的に蓄積され、再利用され、強化されていく。

ここで起きている変化は、単なる効率化ではない。これまで人の経験に依存していた知識が、文書化され、データ化され、検索可能になり、再利用可能になっていく。言い換えれば、供給能力を生み出してきた知識そのものの複製コストが下がり始めている。

巨大供給能力が巨大学習環境を生み、その学習成果がナレッジとして蓄積され、AIによって再構成・再利用されるのだとすれば、供給能力そのものは以前よりも複製されやすくなる可能性がある。

工場は単に製品を生産する場所であるだけでなく、供給能力を再生産する知識基盤にもなりつつある。ここで複製されるのは設備だけではない。設計判断、品質改善、工程運営、生産計画といった供給能力を支える知識の体系そのものである。

さらに重要なのは、この変化がまだ終わっていない、むしろ加速する可能性があることだ。

生成AIは急速に進化している。ロボティクスも進化している。これらは知的労働と肉体労働の双方に影響を与え始めている。中国ではすでに、こうした領域でAIやロボットの活用が広がりつつある。

そして中国の少子高齢化は、供給能力低下のリスクである一方、AIやロボティクスへの投資を促す要因にもなっている。人口減少は、供給能力を減らす力であると同時に、供給能力を維持・増幅しようとする投資の動機にもなっている。

もちろん、供給能力が高まること自体は悪いことではない。生活者にとっては、より良い製品やサービスが、より安価に手に入ることに繋がるからだ。AIや自動化がもたらす恩恵を否定する理由はない。供給能力向上は、社会全体の豊かさにつながる可能性もある。

しかし供給者の視点では事情が異なる。品質向上、コスト低減、納期短縮といった努力は依然として重要だが、それらが広く共有されやすくなるなら、差はつきにくくなる。良いものを作ることは、差別化の手段ではなく、参入の前提条件になっていく。

本稿は、中国の供給能力が永遠に拡大すると主張したいわけではない。人口減少や地政学、金融問題など、供給能力を押し下げる要因も存在する。とはいえ現時点では、それら以上に、供給能力を維持・増幅する力が強く働いている。

本連載の仮説を一言で言えば、「供給能力を高めること」が競争力だった時代から、「供給システムそのものが複製されやすくなった・コモディティ化する時代」への移行である。

複製されやすいものは、競争力につながりにくい。だとすれば、製造業経営はこれから何を競争力として捉えるべきなのだろうか。

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