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RPA


ここ近年、ずっーと「RPA(Robotic Process Automation)」が気になっています。

単純作業や繰り返し作業をロボットに学習させ、プロセスを自動化・効率化するソフトウェアロボティクスという理解です。
何とか業務に取り入れられないか(←楽したいという気持ちの表れ。これ重要です。)と考え続けていたら、
新たな業務に取りかかるとき、『逆にどう設計すればRPAにのせやすいか』という観点までもつようになりました。
(まだ導入できてはいないのですが、、)
私にとって、RPAはかなり魅力的なソリューションであり、今後も注目していきたい領域であることは間違いありません。

が一方で、こうした潮流は人々の労働の機会を奪い兼ねないというのも、よく聞かれる議論です。
産業革命が進んだ19世紀のイギリスでは、機械使用の普及により失業の恐れや不安、不満を抱いた労働者が機械破壊運動(いわゆる「ラッダイト運動」)を起こしたと言います。
ラッダイト運動は、再び起こるのでしょうか。
私は、単純にはそうは思いません。
破壊行動を引き起こすほどの「労働」に対するエネルギーと情熱と切実さは、今、どのくらいあるのでしょうか。
あったとして、そもそも労働者はいったい『何を』『どう』攻撃するのでしょうか。できるのでしょうか。

技術の進歩が徐々に侵食していくのは、労働の機会ではなく、もっと他の何かのような気がしています。

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